AlGaN系半導体で構成される紫外線発光素子は、サファイア基板等の基板上に、例えば、有機金属化合物気相成長(MOVPE)法等の周知のエピタキシャル成長法によって作製される。しかしながら、紫外線発光素子を生産する場合、紫外線発光素子の特性(発光波長、ウォールプラグ効率、順方向バイアス等の特性)は、結晶成長装置のドリフトの影響を受けて変動するため、安定した歩留まりでの生産は必ずしも容易ではない。
結晶成長装置のドリフトは、トレーやチャンバの壁等の付着物が原因で、結晶成長部位の実効温度が変化すること等に起因して生じる。このため、ドリフトを抑制するために、従来は、成長履歴を検討して、経験者が設定温度や原料ガスの組成を微妙に変化させる、或いは、一定期間の成長スケジュールを固定して、清掃等のメンテナンスも一定期間で同じように実施する等の工夫をしているが、ドリフトを完全に排除をすることは難しい。
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、結晶成長装置のドリフト等に起因する特性変動の抑制された安定的に生産可能な窒化物半導体紫外線発光素子を提供することにある。
本発明は、上記目的を達成するために、ウルツ鉱構造のAlGaN系半導体からなるn型層、活性層、及びp型層が上下方向に積層された発光素子構造部を備えてなる窒化物半導体紫外線発光素子であって、
前記n型層がn型AlGaN系半導体で構成され、
前記n型層と前記p型層の間に配置された前記活性層が、AlGaN系半導体で構成された1層以上の井戸層を含む量子井戸構造を有し、
前記p型層がp型AlGaN系半導体で構成され、
前記n型層と前記活性層内の各半導体層が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有するエピタキシャル成長層であり、
前記n型層が、前記n型層内で一様に分散して存在する局所的にAlNモル分率の低い層状領域であって、AlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3となっているn型AlGaN領域を含む複数の第1Ga富化領域を有し、
前記n型層の上面と直交する第1平面上での前記第1Ga富化領域の各延伸方向が、前記n型層の前記上面と前記第1平面との交線に対して傾斜しており、
前記井戸層の前記多段状のテラスの隣接するテラス間の境界領域部分が、同じ前記井戸層内で局所的にAlNモル分率の低い第2Ga富化領域を有し、
前記第2Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12となっているAlGaN領域が存在していることを特徴とする窒化物半導体紫外線発光素子を提供する。
更に、本発明は、上記目的を達成するために、ウルツ鉱構造のAlGaN系半導体からなるn型層、活性層、及びp型層が上下方向に積層された発光素子構造部を備えてなる窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法であって、
(0001)面に対して所定の角度だけ傾斜した主面を有するサファイア基板を含む下地部の上に、n型AlGaN系半導体の前記n型層をエピタキシャル成長し、前記n型層の表面に(0001)面に平行な多段状のテラスを表出させる第1工程と、
前記n型層の上に、AlGaN系半導体で構成された井戸層を1層以上含む量子井戸構造の前記活性層をエピタキシャル成長し、前記井戸層の表面に(0001)面に平行な多段状のテラスを表出させる第2工程と、
前記活性層の上に、p型AlGaN系半導体の前記p型層をエピタキシャル成長により形成する第3工程を有し、
前記第1工程において、前記n型層内で一様に分散して存在する局所的にAlNモル分率の低い層状領域であって、AlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3となっているn型AlGaN領域を含む複数の第1Ga富化領域を斜め上方に向かって延伸するように成長させ、
前記第2工程において、前記井戸層の前記多段状のテラスの隣接するテラス間の境界領域部分に、同じ前記井戸層内で局所的にAlNモル分率の低い第2Ga富化領域を形成しつつ、前記第2Ga富化領域内にAlGaN組成比が整数比のAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12となっているAlGaN領域を成長させることを特徴とする窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法を提供する。
尚、AlGaN系半導体とは、一般式Al1-xGaxN(0≦x≦1)で表されるが、バンドギャップエネルギがGaNとAlNが取り得るバンドギャップエネルギを夫々下限及び上限とする範囲内であれば、BまたはIn等の3族元素またはP等の5族元素等の不純物を微量に含んでいてもよい。また、GaN系半導体とは、基本的にGaとNで構成される窒化物半導体であるが、Al、BまたはIn等の3族元素またはP等の5族元素等の不純物を微量に含んでいてもよい。また、AlN系半導体とは、基本的にAlとNで構成される窒化物半導体であるが、Ga、BまたはIn等の3族元素またはP等の5族元素等の不純物を微量に含んでいてもよい。従って、本願では、GaN系半導体及びAlN系半導体は、それぞれAlGaN系半導体の一部である。
更に、n型またはp型AlGaN系半導体は、ドナーまたはアクセプタ不純物としてSiまたはMg等がドーピングされたAlGaN系半導体である。本願では、p型及びn型と明記されていないAlGaN系半導体は、アンドープのAlGaN系半導体を意味するが、アンドープであっても、不可避的に混入する程度の微量のドナーまたはアクセプタ不純物は含まれ得る。また、第1平面は、前記n型層の製造過程で具体的に形成された露出面や他の半導体層との境界面ではなく、前記n型層内を上下方向に平行に延伸する仮想的な平面である。更に、本明細書において、AlGaN系半導体層、GaN系半導体層、及びAlN系半導体層は、それぞれ、AlGaN系半導体、GaN系半導体、及びAlN系半導体で構成された半導体層である。
上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子、または、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法によれば、以下に説明するように、n型層内の第1Ga富化領域及び井戸層内の第2Ga富化領域にそれぞれ形成される後述する準安定AlGaNを利用することで、結晶成長装置のドリフト等に起因する特性変動が抑制され、所期の発光特性を有する窒化物半導体紫外線発光素子を安定的に生産できることが期待される。
先ず、AlGaN組成比が所定の整数比で表される「準安定AlGaN」について説明する。
通常、AlGaN等の三元混晶は、ランダムに3族元素(AlとGa)が混合している結晶状態であり、「ランダム・ノンユニフォーミティ(random nonuniformity)」で近似的に説明される。しかし、Alの共有結合半径とGaの共有結合半径が異なるため、結晶構造中においてAlとGaの原子配列の対称性が高いほうが、一般的に安定な構造となる。
ウルツ鉱構造のAlGaN系半導体は、対称性のないランダム配列と安定な対称配列の2種類の配列が存在し得る。ここで、一定の比率で、対称配列が支配的となる状態が現れる。後述するAlGaN組成比(AlとGaとNの組成比)が所定の整数比で表される「準安定AlGaN」において、AlとGaの周期的な対称配列構造が発現する。
当該周期的な対称配列構造では、結晶成長面へのGa供給量が僅かに増減しても、対称性が高いためにエネルギ的に若干安定な混晶モル分率となり、質量移動(mass transfer)し易いGaが極端に増える場所の増殖を防ぐことができる。つまり、n型層内の第1Ga富化領域に形成される「準安定AlGaN」の性質を利用することで、AlGaN系半導体として、結晶成長装置のドリフト等に起因する混晶モル分率の変動が生じても、後述するように活性層に対して低抵抗の電流経路を提供する第1Ga富化領域における混晶モル分率の変動が局所的に抑制される。この結果、n型層から活性層内への安定したキャリア供給が実現でき、デバイス特性の変動が抑制される結果、所期の特性を奏する窒化物半導体紫外線発光素子を安定的に生産できることが期待される。
次に、AlとGaが(0001)面内で周期的な対称配列となり得るAlGaN組成比について説明する。
図1に、AlGaNのc軸方向に1ユニットセル(2単原子層)の模式図を示す。図1において、白丸は3族元素の原子(Al,Ga)が位置するサイトを示し、黒丸は5族元素の原子(N)が位置するサイトを示している。
図1において六角形で示される3族元素のサイト面(A3面、B3面)、及び、5族元素のサイト面(A5面、B5面)は、何れも(0001)面に平行である。A3面とA5面(総称してA面)の各サイトには、六角形の各頂点に6つ、六角形の中心に1つのサイトが存在する。B3面とB5面(総称してB面)についても同様であるが、図1では、B面の六角形内に存在する3つのサイトだけを図示している。A面の各サイトはc軸方向に重なっており、B面の各サイトはc軸方向に重なっている。しかし、B5面の1つのサイトの原子(N)は、B5面の上側に位置するA3面の3つのサイトの原子(Al,Ga)と、B5面の下側に位置するB3面の1つのサイトの原子(Al,Ga)と4配位結合を形成し、B3面の1つのサイトの原子(Al,Ga)は、B3面の上側に位置するB5面の1つのサイトの原子(N)と、B3面の下側に位置するA5面の3つのサイトの原子(N)と4配位結合を形成しているため、図1に示すように、A面の各サイトは、B面の各サイトとはc軸方向に重なっていない。
図2は、A面の各サイトとB面の各サイトとの間の位置関係を、c軸方向から見た平面図として図示したものである。A面及びB面ともに、六角形の6つの各頂点は、隣接する他の2つの六角形により共有され、中心のサイトは他の六角形とは共有されないため、1つの六角形内には、実質的に3原子分のサイトが存在する。従って、1ユニットセル当たり、3族元素の原子(Al,Ga)のサイトが6つ、5族元素の原子(N)のサイトが6つ存在する。従って、GaNとAlNを除く整数比で表されるAlGaN組成比としては、以下の5つのケースが存在する。
1)Al1Ga5N6、
2)Al2Ga4N6(=Al1Ga2N3)、
3)Al3Ga3N6(=Al1Ga1N2)、
4)Al4Ga2N6(=Al2Ga1N3)、
5)Al5Ga1N6。
図3に、上記5つの組み合わせの3族元素のA3面とB3面を模式的に示す。Gaが黒丸、Alが白丸で示されている。
図3(A)に示すAl1Ga5N6の場合、A3面の6つの頂点サイトとB3面の6つの頂点サイトと1つの中心サイトにGaが位置し、A3面の1つの中心サイトにAlが位置している。
図3(B)に示すAl1Ga2N3の場合、A3面及びB3面の3つの頂点サイトと1つの中心サイトにGaが位置し、A3面及びB3面の3つの頂点サイトにAlが位置している。
図3(C)に示すAl1Ga1N2の場合、A3面の3つの頂点サイトと1つの中心サイトとB3面の3つの頂点サイトにGaが位置し、A3面の3つの頂点サイトとB3面の3つの頂点サイトと1つの中心サイトにAlが位置している。
図3(D)に示すAl2Ga1N3の場合、A3面及びB3面の3つの頂点サイトにGaが位置し、A3面及びB3面の3つの頂点サイトと1つの中心サイトにAlが位置している。これは、図3(B)に示すAl1Ga2N3の場合のAlとGaの位置を入れ替えたものに等しい。
図3(E)に示すAl5Ga1N6の場合、A3面の1つの中心サイトにGaが位置し、A3面の6つの頂点サイトとB3面の6つの頂点サイトと1つの中心サイトにAlが位置している。これは、図3(A)に示すAl1Ga5N6の場合のAlとGaの位置を入れ替えたものに等しい。
図3(A)~(E)の各図において、六角形の6つの頂点の何れか1つに中心が移動した別の六角形を想定すると、A3面の6つの頂点サイトにAlまたはGaが位置していることと、A3面の3つの頂点サイトと1つの中心サイトにAlまたはGaが位置していることと等価であり、A3面の1つの中心サイトにAlまたはGaが位置していることは、A3面の3つの頂点サイトにAlまたはGaが位置していることと等価であることが分かる。B3面についても同様である。また、図3(A),(C)及び(E)の各図において、A3面とB3面は入れ替わってもよい。
図3(A)~(E)の各図において、A3面とB3面の何れにおいても、AlとGaの原子配列は対称性が維持されている。また、六角形の中心を移動させても、AlとGaの原子配列は対称性が維持されている。
更に、図3(A)~(E)のA3面とB3面において、六角形のサイト面をハニカム状に繰り返して配置すると、(0001)面に平行な方向、例えば、[11-20]方向、[10-10]方向に各サイトを見ると、AlとGaが周期的に繰り返されて位置しているか、AlとGaの何れか一方が連続して位置している状態が出現する。従って、何れも、周期的で対称的な原子配列となることが分かる。
ここで、上記1)~5)のAlGaN組成比に対応するAlNモル分率x1(x1=1/6,1/3,1/2,2/3,5/6)のAlx1Ga1-x1Nを、説明の便宜上、「第1の準安定AlGaN」と称する。第1の準安定AlGaNは、AlとGaの原子配列が周期的な対称配列となり、エネルギ的に安定なAlGaNとなる。
次に、図1に示す六角形で示されるサイト面を2ユニットセル(4単原子層)に拡張すると、3族元素のサイト面(A3面、B3面)と5族元素のサイト面(A5面、B5面)がそれぞれ2面ずつ存在することになり、2ユニットセル当たり、3族元素の原子(Al,Ga)のサイトが12個、5族元素の原子(N)のサイトが12個存在することになる。従って、GaNとAlNを除く整数比で表されるAlGaN組成比としては、上記1)~5)のAlGaN組成比以外に、以下の6つの組み合わせが存在する。
6) Al1Ga11N12(=GaN+Al1Ga5N6)、
7) Al3Ga9N12(=Al1Ga3N4=Al1Ga5N6+Al1Ga2N3)、
8) Al5Ga7N12(=Al1Ga2N3+Al1Ga1N2)、
9) Al7Ga5N12(=Al1Ga1N2+Al2Ga1N3)、
10)Al9Ga3N12(=Al3Ga1N4=Al2Ga1N3+Al5Ga1N6)、
11)Al11Ga1N12(=Al5Ga1N6+AlN)。
しかし、これら6)~11)の6つのAlGaN組成比は、その前後に位置する第1の準安定AlGaN、GaN及びAlNの内の2つのAlGaN組成比を組み合わせたものとなるため、c軸方向の対称性が乱れる可能性が高いため、第1の準安定AlGaNより安定度は低下するが、A3面及びB3面内でのAlとGaの原子配列の対称性は、第1の準安定AlGaNと同じであるので、ランダムな非対称配列状態のAlGaNよりは安定度は高い。ここで、上記6)~11)のAlGaN組成比に対応するAlNモル分率x2(x2=1/12,1/4,5/12,7/12,3/4,11/12)のAlx2Ga1-x2Nを、説明の便宜上、「第2の準安定AlGaN」と称する。以上より、第1及び第2の準安定AlGaNは、結晶構造中におけるAlとGaの原子配列の対称性により安定な構造となる。以下、第1及び第2の準安定AlGaNを「準安定AlGaN」と総称する。
AlGaNを一定の結晶品質を維持して成長させるには、1000℃以上の高温で結晶成長を行う必要がある。しかしながら、Gaは、結晶表面のサイトに原子が到達した後も、1000℃以上では動き回ることが想定される。一方、Alは、Gaと異なり、表面に吸着し易く、サイトに入った後の移動も、多少は動くと考えられるが制限が強い。
従って、準安定AlGaNであっても、上記1)のAl1Ga5N6、上記6)のAl1Ga11N12、及び、上記7)のAl1Ga3N4は、何れもAlNモル分率が25%以下で、Gaの組成比が高いため、1000℃付近の成長温度では、Gaの移動が激しく、原子配列の対称性が乱れ、AlとGaの原子配列はランダムな状態に近くなり、上述の安定度が、他の準安定AlGaNと比べて低下すると考えられる。
次に、「第1Ga富化領域」について説明する。上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子及び窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法においては、n型層と活性層内の各半導体層が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有するエピタキシャル成長層であるため、n型層内では、質量移動し易いGaは、テラス領域上を移動して、隣接するテラス間の境界領域に集中することで、テラス領域に比べてAlNモル分率の低い領域が形成される。当該境界領域が、n型層のn型AlGaN層のエピタキシャル成長とともに、(0001)面に対して斜め上方に向かって延伸することで、局所的にAlNモル分率の低い層状領域がn型層内で一様に分散して形成される。ここで、Gaの質量移動量が十分に大きいと、当該層状領域が、AlGaN組成比がAl2Ga1N3である準安定AlGaNのn型AlGaN領域を含む第1Ga富化領域となり得る。
第1Ga富化領域内に、AlGaN組成比がAl2Ga1N3である準安定AlGaNが存在することで、第1Ga富化領域内へのGa供給量の変動が、当該準安定AlGaNにおいて吸収される。つまり、第1Ga富化領域内において、Ga供給量が増加すると準安定AlGaNが増加し、Ga供給量が減少すると準安定AlGaNが減少し、結果として、第1Ga富化領域内のAlNモル分率の変動が抑制される。従って、第1Ga富化領域内において、結晶成長装置のドリフト等に起因するGa供給量の変動を吸収して、AlGaN組成比がAl2Ga1N3(AlNモル分率が66.7%(3分の2))の準安定AlGaNが安定的に形成される。つまり、当該Ga供給量の変動に対して、第1Ga富化領域内のAlNモル分率の変動が抑制される。本明細書では、適宜、3分の2のAlNモル分率を百分率で表記する場合、近似的に66.7%と示す。
但し、上述したように、AlGaNの結晶成長においては、通常、ランダムな非対称配列の状態と、規則的な対称配列の状態が混在し得るため、第1Ga富化領域内においては、規則的な対称配列状態にあるAlNモル分率が66.7%の準安定AlGaNの領域が安定的に形成されるとともに、AlNモル分率が66.7%から僅かに(例えば、0~3%程度)変動した領域が混在する。従って、第1Ga富化領域内のAlNモル分率は、AlGaN組成比がAl2Ga1N3である準安定AlGaNのAlNモル分率(66.7%)の近傍に集中して分布する。
n型層内に局所的にAlNモル分率の低い層状領域である第1Ga富化領域が安定的に形成されることで、n型層内のキャリアは、n型層内においてバンドギャップエネルギの小さい第1Ga富化領域内に局在化し、n型層内において電流は優先的に第1Ga富化領域を安定的に流れることができ、窒化物半導体紫外線発光素子の特性変動の抑制が図れる。
更に、結晶成長装置のドリフト等に起因するGa供給量の変動が第1Ga富化領域内において吸収されるため、n型層内におけるAlNモル分率の変動幅の下限は、準安定AlGaNのAlNモル分率(66.7%)の近傍に制限される。つまり、n型層内のAlNモル分率が66.7%の近傍より更に小さい領域の形成が抑制されるため、井戸層からの発光の一部が当該領域で吸収されて、発光効率が低下するのを防止できる。
次に、「井戸層」及び「第2Ga富化領域」について説明する。n型層と活性層内の各半導体層が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有するエピタキシャル成長層であるため、井戸層の多段状のテラスの隣接するテラス間の境界領域が、隣接するテラス間を連結する(0001)面に対して傾斜した傾斜領域となる(上記非特許文献1及び2参照)。尚、当該傾斜領域は多数のステップ(1ユニットセルの段差)及びマクロステップ(複数ユニットセルの段差)が集合している構造であり、傾斜領域に階段状に表出する(0001)面は、多段状のテラスのテラス面とは区別される。
ステップフロー成長におけるテラスエッジの側面の横方向への成長に伴い、井戸層上面のテラスが、井戸層下面のテラスに対して横方向に移動するため、井戸層の当該傾斜領域の膜厚は、傾斜領域以外のテラス領域の膜厚より厚くなる。更に、n型層内に局所的にAlNモル分率の低い第1Ga富化領域が形成されるのと同様に、井戸層内の当該傾斜領域に、局所的にAlNモル分率の低い第2Ga富化領域が形成される。ここで、Gaの質量移動量が十分に大きいと、第2Ga富化領域内に、AlGaN組成比がAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12である準安定AlGaNのAlGaN領域が形成される。
つまり、第1Ga富化領域内に安定的に形成されるAlNモル分率が66.7%の準安定AlGaNに対する、第2Ga富化領域内に形成される準安定AlGaNの好適な組み合わせとして、AlGaN組成比がAl1Ga1N2とAl5Ga7N12の2つの準安定AlGaNが存在する。
第2Ga富化領域内に、AlGaN組成比がAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12である準安定AlGaNが存在することで、第2Ga富化領域内へのGa供給量の変動が、当該準安定AlGaNにおいて吸収される。つまり、第2Ga富化領域内において、Ga供給量が増加すると準安定AlGaNが増加し、Ga供給量が減少すると準安定AlGaNが減少し、結果として、第2Ga富化領域内のAlNモル分率の変動が抑制される。従って、第2Ga富化領域内において、結晶成長装置のドリフト等に起因するGa供給量の変動を吸収して、AlGaN組成比がAl1Ga1N2(AlNモル分率が50%(2分の1))またはAl5Ga7N12(AlNモル分率が41.7%(12分の5))の準安定AlGaNが安定的に形成される。つまり、当該Ga供給量の変動に対して、第2Ga富化領域内のAlNモル分率の変動が抑制される。本明細書では、適宜、12分の5のAlNモル分率を百分率で表記する場合、近似的に41.7%と示す。
但し、上述したように、AlGaNの結晶成長においては、通常、ランダムな非対称配列の状態と、規則的な対称配列の状態が混在し得るため、第2Ga富化領域内においては、規則的な対称配列状態にあるAlNモル分率が50%または41.7%の準安定AlGaNの領域が安定的に形成されるとともに、AlNモル分率が50%または41.7%から僅かに(例えば、0~3%程度)変動した領域が混在する。
以上より、当該傾斜領域のバンドギャップエネルギはテラス領域より小さくなり、n型層の第1Ga富化領域と同様に、キャリアの局在化が起き易くなる。このため、井戸層での発光は、テラス領域より当該傾斜領域において顕著になる。上記非特許文献1及び2では、AlGaN系半導体の井戸層に対する同様の内容が報告されている。尚、井戸層及びバリア層の各テラス領域とは、c軸方向に各層の上面のテラスと下面のテラスに挟まれた領域である。従って、井戸層及びバリア層の各テラス領域以外が各層の境界領域(傾斜領域)となる。
また、活性層のエピタキシャル成長によって形成される多段状のテラスは、n型層のエピタキシャル成長によって形成される多段状のテラスに連続して形成される。従って、第1Ga富化領域内の電流経路に沿って井戸層に供給されるキャリア(電子)は、井戸層において発光の集中している隣接するテラス間の境界領域(傾斜領域)に集中的に供給される。
従って、n型層の層状領域内において支配的に存在する第1Ga富化領域内に、AlNモル分率が66.7%の準安定AlGaNであるn型AlGaN領域が安定的に形成され、更に、井戸層の傾斜領域内の第2Ga富化領域内に、AlNモル分率が50%または41.7%の準安定AlGaNであるAlGaN領域が安定的に形成されることで、井戸層の傾斜領域への安定したキャリア供給が可能となり、窒化物半導体紫外線発光素子の発光効率等の特性変動の抑制が図れる。
更に、n型層のAlNモル分率が66.7%以上であり、活性層の井戸層で発光した紫外線がn型層を透過するため、紫外線発光をn型層側から取り出す素子構造を取り得る。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、前記n型層の前記層状領域以外のn型本体領域のAlNモル分率が69%~74%の範囲内にあることが好ましい。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法は、前記第1工程において、前記n型層のAlNモル分率の目標値を69%~74%の範囲内に設定して、前記第1Ga富化領域内にAlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3となっているn型AlGaN領域を成長させることが好ましい。
これらの好適な実施態様では、n型層の前記層状領域以外のn型本体領域のAlNモル分率が、結晶成長装置のドリフト等に起因するGa供給量の変動を吸収して、69%~74%の範囲内にあるので、第1Ga富化領域とn型本体領域の間のAlNモル分率差は、安定的に約2.3%以上が確保されている。従って、n型層内のキャリアは、n型本体領域よりバンドギャップエネルギの小さい第1Ga富化領域内に、より安定的に局在化し、n型層内において電流は優先的に第1Ga富化領域を安定的に流れることができ、窒化物半導体紫外線発光素子の特性変動の抑制が図れる。
更に、n型層のn型本体領域のAlNモル分率の上限、及び、n型層のAlNモル分率の目標値の上限が、74%に規定されているため、n型層内において、AlGaN組成比がAl3Ga1N4の準安定AlGaNが支配的に形成されることはない。仮に、当該上限が75%以上であると、n型本体領域にAl3Ga1N4の準安定AlGaNが安定的に形成され、当該Al3Ga1N4の準安定AlGaNから、第1Ga富化領域内に、Al2Ga1N3の準安定AlGaNを安定的に形成するためのGaを十分に供給することが困難となり、第1Ga富化領域内に形成されるn型AlGaN系半導体のAlNモル分率がランダムに変動することになり、所期の効果が期待できなくなる。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、前記第2Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl1Ga1N2となっているAlGaN領域が存在し、前記井戸層の前記境界領域部分以外のAlNモル分率が51%~54%の範囲内にあることが好ましい。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法は、前記第2工程において、前記井戸層のAlNモル分率の目標値を51%~54%の範囲内に設定して、前記第2Ga富化領域内にAlGaN組成比が整数比のAl1Ga1N2となっているAlGaN領域を成長させることが好ましい。
これらの好適な実施態様により、井戸層内のAlNモル分率の変動幅が4%以内に抑制され、更に、AlNモル分率が50%以外の領域から発生する組成変調由来の発光ピークが重なった場合でも、疑似的に単一ピークの量子井戸を形成することができるため、発光スペクトルにおける発光ピークの分離が回避される。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、前記第2Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl5Ga7N12となっているAlGaN領域が存在し、前記井戸層の前記境界領域部分以外のAlNモル分率が42%~45%の範囲内にあることが好ましい。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法は、前記第2工程において、前記井戸層のAlNモル分率の目標値を42%~45%の範囲内に設定して、前記第2Ga富化領域内にAlGaN組成比が整数比のAl5Ga7N12となっているAlGaN領域を成長させることが好ましい。
これらの好適な実施態様により、井戸層内のAlNモル分率の変動幅が3.3%以内に抑制され、更に、AlNモル分率が41.7%以外の領域から発生する組成変調由来の発光ピークが重なった場合でも、疑似的に単一ピークの量子井戸を形成することができるため、発光スペクトルにおける発光ピークの分離が回避される。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、前記活性層が、2層以上の前記井戸層を含む多重量子井戸構造を有し、2層の前記井戸層間にAlGaN系半導体で構成されたバリア層が存在することが好ましい。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法は、前記第2工程において、AlGaN系半導体で構成された前記井戸層とAlGaN系半導体で構成されたバリア層を交互にエピタキシャル成長により積層し、前記バリア層と前記井戸層の各表面に(0001)面に平行な多段状のテラスが表出した、前記井戸層を2層以上含む多重量子井戸構造の前記活性層を形成することが好ましい。
これらの好適な実施態様により、活性層が多重量子井戸構造となり、井戸層が1層だけの場合に比べて発光効率の向上が期待できる。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、前記バリア層がAlGaN系半導体で構成され、2層の前記井戸層間に位置する前記バリア層の内、少なくとも最も前記p型層側の前記バリア層の前記多段状のテラスの隣接するテラス間の境界領域部分が、同じ前記バリア層内で局所的にAlNモル分率の低い第3Ga富化領域を有することがより好ましい。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法は、前記第2工程において、AlGaN系半導体で構成された前記バリア層を形成する際に、2層の前記井戸層間に位置する前記バリア層の内、少なくとも最も前記p型層側の前記バリア層の前記テラス間の境界領域部分に同じ前記バリア層内で局所的にAlNモル分率の低い第3Ga富化領域を形成することがより好ましい。
これらの好適な実施態様により、バリア層においても、n型層の第1Ga富化領域及び井戸層の第2Ga富化領域と同様に、第3Ga富化領域においてキャリアの局在化が生じ得る。従って、n型層から井戸層において発光の集中している隣接するテラス間の境界領域(傾斜領域)の第2Ga富化領域に向けてキャリア(電子)を供給する際に、n型層の第1Ga富化領域とバリア層の第3Ga富化領域を経由して、効率的に行うことができる。
ここで、井戸層が2層以上の多重量子井戸構造では、最もp型層側の井戸層において発光強度が大きいため、当該井戸層のn型層側のバリア層において、第3Ga富化領域が形成されていることで、上述のキャリアの井戸層への供給がより効率的に行うことができる。
更に、上記好適な実施態様の窒化物半導体紫外線発光素子は、前記バリア層の前記第3Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3、Al3Ga1N4、または、Al5Ga1N6となっているAlGaN領域が存在することが好ましい。
更に、上記好適な実施態様の窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法は、前記第2工程において、
1)前記バリア層のAlNモル分率の目標値を68%~74%の範囲内に設定して、前記第3Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3となっているAlGaN領域を成長させる、または、
2)前記バリア層のAlNモル分率の目標値を76%~82%の範囲内に設定して、前記第3Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl3Ga1N4となっているAlGaN領域を成長させる、または、
3)前記バリア層のAlNモル分率の目標値を85%~90%の範囲内に設定して、前記第3Ga富化領域内に、AlGaN組成比が整数比のAl5Ga1N6となっているAlGaN領域を成長させることが好ましい。
これらの好適な実施態様により、バリア層の第3Ga富化領域内に準安定AlGaNが存在することで、n型層の第1Ga富化領域及び井戸層の第2Ga富化領域と同様に、第3Ga富化領域のAlNモル分率の変動が抑制され、安定的に準安定AlGaNの領域が第3Ga富化領域内に形成される。従って、バリア層の第3Ga富化領域によって奏される効果が、より安定的に実現される。
更に、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子は、サファイア基板を含む下地部を、さらに備え、前記サファイア基板は、(0001)面に対して所定の角度だけ傾斜した主面を有し、当該主面の上方に前記発光素子構造部が形成されており、少なくとも前記サファイア基板の前記主面から前記活性層の表面までの各半導体層が、(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有するエピタキシャル成長層であることが好ましい。
上記好適な実施態様により、オフ角を有するサファイア基板を用いて、サファイア基板の主面から活性層の表面までの各層の表面に多段状のテラスが表出するようにエピタキシャル成長を行うことができ、上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子を実現できる。
上記特徴の窒化物半導体紫外線発光素子、及び、窒化物半導体紫外線発光素子の製造方法によれば、結晶成長装置のドリフト等に起因する特性変動の抑制された所期の発光特性を有する窒化物半導体紫外線発光素子を安定的に提供することができる。
本発明の実施形態に係る窒化物半導体紫外線発光素子(以下、単に「発光素子」と略称する。)につき、図面に基づいて説明する。尚、以下の説明で使用する図面の模式図では、説明の理解の容易のために、要部を強調して発明内容を模式的に示しているため、各部の寸法比は必ずしも実際の素子と同じ寸法比とはなっていない。以下、本実施形態では、発光素子が発光ダイオードの場合を想定して説明する。
[第1実施形態]
<発光素子の素子構造>
図4に示すように、本実施形態の発光素子1は、サファイア基板11を含む下地部10と、複数のAlGaN系半導体層21~25、p電極26、及び、n電極27を含む発光素子構造部20とを備える。発光素子1は、実装用の基台(サブマウント等)に発光素子構造部20側(図4における図中上側)を向けて実装される(フリップチップ実装される)ものであり、光の取出方向は下地部10側(図4における図中下側)である。尚、本明細書では、説明の便宜上、サファイア基板11の主面11a(または、下地部10及び各AlGaN系半導体層21~25の上面)に垂直な方向を「上下方向」(または、「縦方向」)と称し、下地部10から発光素子構造部20に向かう方向を上方向、その逆を下方向とする。また、上下方向に平行な平面を「第1平面」と称す。更に、サファイア基板11の主面11a(または、下地部10及び各AlGaN系半導体層21~25の上面)に平行な平面を「第2平面」と称し、該第2平面に平行な方向を「横方向」と称す。
下地部10は、サファイア基板11と、サファイア基板11の主面11a上に直接形成されたAlN層12を備えて構成される。サファイア基板11は、主面11aが(0001)面に対して一定の範囲内(例えば、0度から6度程度まで)の角度(オフ角)で傾斜し、主面11a上に多段状のテラスが表出している微傾斜基板である。
AlN層12は、サファイア基板11の主面からエピタキシャル成長したAlN結晶で構成され、このAlN結晶はサファイア基板11の主面11aに対してエピタキシャルな結晶方位関係を有している。具体的には、例えば、サファイア基板11のC軸方向(<0001>方向)とAlN結晶のC軸方向が揃うように、AlN結晶が成長する。尚、AlN層12を構成するAlN結晶は、微量のGaやその他の不純物を含んでいてもよいAlN系半導体層であってもよい。本実施形態では、AlN層12の膜厚として、2μm~3μm程度を想定している。尚、下地部10の構造及び使用する基板等は、上述した構成に限定されるものではない。例えば、AlN層12とAlGaN系半導体層21の間に、AlNモル分率が当該AlGaN系半導体層21のAlNモル分率以上のAlGaN系半導体層を備えていてもよい。
発光素子構造部20のAlGaN系半導体層21~25は、下地部10側から順に、n型クラッド層21(n型層)、活性層22、電子ブロック層23(p型層)、p型クラッド層24(p型層)、及び、p型コンタクト層25(p型層)を順にエピタキシャル成長させて積層した構造を備えている。
本実施形態では、サファイア基板11の主面11aから順番にエピタキシャル成長した下地部10のAlN層12、発光素子構造部20のn型クラッド層21と活性層22内の各半導体層は、サファイア基板11の主面11aに由来する(0001)面に平行な多段状のテラスが形成された表面を有する。尚、p型層の電子ブロック層23、p型クラッド層24、及び、p型コンタクト層25については、活性層22上にエピタキシャル成長により形成されるため、同様の多段状のテラスが形成され得るが、必ずしも同様の多段状のテラスが形成された表面を有していなくてもよい。
尚、図4に示すように、発光素子構造部20の内、活性層22、電子ブロック層23、p型クラッド層24、及び、p型コンタクト層25は、n型クラッド層21の上面の第2領域R2上に積層された部分が、エッチング等によって除去され、n型クラッド層21の上面の第1領域R1上に形成されている。そして、n型クラッド層21の上面は、第1領域R1を除く第2領域R2において露出している。n型クラッド層21の上面は、図4に模式的に示すように、第1領域R1と第2領域R2間で高さが異なっている場合があり、その場合は、n型クラッド層21の上面は、第1領域R1と第2領域R2において個別に規定される。
n型クラッド層21は、n型AlGaN系半導体で構成され、n型クラッド層21内に、n型クラッド層21内で局所的にAlNモル分率の低い層状領域が一様に分散して存在する。当該層状領域には、上述したように、AlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3となっているn型AlGaN領域(つまり、AlNモル分率が66.7%のn型の準安定AlGaN)を含む第1Ga富化領域21aが、支配的に存在する。図4では、層状領域内において第1Ga富化領域21aが支配的に存在している一例として、層状領域が全て第1Ga富化領域21aとなっている場合を模式的に示している。n型クラッド層21内の層状領域以外の領域を、n型本体領域21bと称す。
本実施形態では、n型本体領域21bのAlNモル分率は69%~74%の範囲内に調整されている。n型クラッド層21の膜厚として、一般的な窒化物半導体紫外線発光素子で採用されている膜厚と同様に、1μm~2μm程度を想定しているが、当該膜厚は、2μm~4μm程度であってもよい。以下において、説明を簡潔にするために、第1Ga富化領域21a内に存在するAlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3となっている準安定AlGaNのn型AlGaN領域を、便宜的に「準安定n型領域」と称する。また、第1Ga富化領域21a内に存在する準安定n型領域以外のAlNモル分率が66.7%(3分の2)に対して僅かに変動した領域を「準安定近傍n型領域」と称する。ここで、準安定n型領域は、複数の層状の第1Ga富化領域21a内において、必ずしも層状に連続して存在している必要はなく、準安定近傍n型領域によって分断されて断続的に存在してもよい。
活性層22は、AlGaN系半導体で構成される2層以上の井戸層220と、AlGaN系半導体またはAlN系半導体で構成される1層以上のバリア層221を交互に積層した多重量子井戸構造を備える。最下層の井戸層220とn型クラッド層21の間には、バリア層221を必ずしも設ける必要はない。また、最上層の井戸層220と電子ブロック層23の間に、バリア層221またはバリア層221より薄膜でAlNモル分率の高いAlGaN層またはAlN層を設けても構わない。
図5に、活性層22における井戸層220及びバリア層221の積層構造(多重量子井戸構造)の一例を模式的に示す。図5では、井戸層220が3層の場合を例示する。図5に示される井戸層220及びバリア層221におけるテラスTが多段状に成長する構造は、上記非特許文献1及び2に開示されているように、公知の構造である。隣接するテラスT間の境界領域BAは、上述したように、(0001)面に対して傾斜した傾斜領域となっている。本実施形態では、1つのテラスTの奥行(隣接する境界領域BA間の距離)は数10nm~数100nmが想定される。
図5に模式的に示すように、井戸層220内の多段状のテラスTの隣接するテラスT間の境界領域(傾斜領域)BAに、井戸層220内で局所的にAlNモル分率の低い第2Ga富化領域220aが形成される。井戸層220内の第2Ga富化領域220a以外の領域を、便宜的に、井戸本体領域220bと称す。
本実施形態では、第2Ga富化領域220aには、AlGaN組成比が整数比のAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12となっている準安定AlGaN、つまり、AlNモル分率が50%(2分の1)または41.7%(12分の5)のAlGaNが存在する。また、井戸本体領域220bのAlNモル分率は、第2Ga富化領域220aにAlNモル分率が50%の準安定AlGaNが存在する場合は、51%~54%の範囲内に調整され、第2Ga富化領域220aにAlNモル分率が41.7%の準安定AlGaNが存在する場合は、42%~45%の範囲内に調整されている。井戸層220の膜厚は、テラス領域TA及び傾斜領域BAを含めて、例えば、2ユニットセル~7ユニットセルの範囲内に調整されている。
以下において、説明を簡潔にするために、第2Ga富化領域220a内に存在するAlGaN組成比が整数比のAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12となっている準安定AlGaNを、便宜的に「準安定井戸領域」と称する。また、第2Ga富化領域220a内に存在する準安定井戸領域以外のAlNモル分率が50%(2分の1)または41.7%(12分の5)に対して僅かに変動した領域を「準安定近傍井戸領域」と称する。ここで、準安定井戸領域は、平面視においてテラスTのエッジラインに沿って存在する傾斜領域BAに形成される第2Ga富化領域220a内で、当該エッジラインに沿って連続して存在している必要はなく、準安定近傍n型領域によって分断されて断続的に存在してもよい。
バリア層221は、上述したように、n型クラッド層21及び井戸層220と同様に、AlGaN系半導体で構成され、(0001)面に平行な多段状のテラスTが形成された表面を有する。ここで、バリア層221全体のAlNモル分率は、一例として、66.7%~100%の範囲内を想定するが、バリア層221は、AlNモル分率が100%のAlN系半導体で構成される場合が含まれるが、AlNモル分率が100%でないAlGaN系半導体で構成される場合がある。従って、図5に模式的に示すように、バリア層221が、AlNモル分率が100%でないAlGaN系半導体で構成される場合は、n型クラッド層21及び井戸層220と同様に、バリア層221内で局所的にAlNモル分率の低い第3Ga富化領域221aが、バリア層221の隣接するテラスT間の境界領域(傾斜領域)BAに形成され得る。ここで、バリア層221内のテラス領域の第3Ga富化領域221a以外の領域を、便宜的に、バリア本体領域221bと称す。バリア本体領域221bは、主として、バリア層221内のテラス領域TAに存在する。バリア層221の第3Ga富化領域221aを含む全体のAlNモル分率は、一例として、上述した66.7%~100%の範囲内の一部である66.7%~90%の範囲内とすると、第3Ga富化領域221aにおけるキャリアの局在化の効果を十分に確保するために、第3Ga富化領域221aとバリア本体領域221bのAlNモル分率差を4~5%以上とするのが好ましいが、1%程度でも、キャリアの局在化の効果は期待し得る。よって、本実施形態では、バリア本体領域221bのAlNモル分率は、68%~90%の範囲内とする。また、バリア層221の膜厚は、テラス領域TA及び傾斜領域BAを含めて、例えば、6nm~8nmの範囲内で調整するのが好ましい。
図6及び図7は、井戸層220及びバリア層221がAlGaNで構成された量子井戸構造モデルに対して、井戸層の膜厚を3ML(単原子層)~14ML(1.5ユニットセル~7ユニットセル)の範囲内で変化させて得られる発光波長のシミュレーション結果(ピーク発光波長に相当)をグラフ化したものである。上記シミュレーションの条件として、図6では、井戸層220の第2Ga富化領域220aのAlNモル分率を、準安定井戸領域のAlNモル分率である50%(2分の1)とし、図7では、井戸層220の第2Ga富化領域220aのAlNモル分率を、準安定井戸領域のAlNモル分率である41.7%(12分の5)とし、図6及び図7のそれぞれにおいて、バリア層221の第3Ga富化領域221aのAlNモル分率を、66.7%、75%、及び、83.3%の3通りとした。図6及び図7に示すシミュレーション結果では、井戸層220における紫外線発光が、境界領域(傾斜領域)BAで顕著に発生することを想定している。このため、井戸層220の膜厚条件は、当該傾斜領域BAにおいて満足することが重要である。
図6及び図7より、井戸層220の膜厚が3ML~14MLの範囲内では、井戸層220の膜厚が小さくなるほど、井戸層220への量子閉じ込め効果が大きくなり、発光波長が短波長化していること、更に、バリア層221のAlNモル分率が大きくなるほど、井戸層220の膜厚の変化に対する発光波長の変化の程度が大きくなることが分かる。また、図6より、第2Ga富化領域220aのAlNモル分率が50%の場合、井戸層220の膜厚及びバリア層221のAlNモル分率の上記範囲内において、発光波長が、概ね246nm~295nmの範囲で変化することが分かる。図7より、第2Ga富化領域220aのAlNモル分率が41.7%の場合、井戸層220の膜厚及びバリア層221のAlNモル分率の上記範囲内において、発光波長が、概ね249nm~311nmの範囲で変化することが分かる。更に、バリア層221をAlNで構成すると、発光波長を更に拡張することができる。図6中に一点鎖線で示す発光波長258nmと280nmは、第2Ga富化領域220aのAlNモル分率が50%の場合における本実施形態の発光素子1において想定される発光波長の制御範囲(下限及び上限)であり、図7中に一点鎖線で示す発光波長263nmと291nmは、第2Ga富化領域220aのAlNモル分率が41.7%の場合における本実施形態の発光素子1において想定される発光波長の制御範囲(下限及び上限)である。井戸層220の第2Ga富化領域220aにAlGaN組成比がAl1Ga1N2またはAl5Ga7N12となっている準安定AlGaNが支配的に存在する結果、一例として、井戸層220の膜厚を、バリア層221のAlNモル分率に応じて、3ML~11MLの範囲内で設定することで、発光波長を258nm~280nmの範囲内、或いは、263nm~291nmの範囲内に制御し得る。
電子ブロック層23は、p型AlGaN系半導体で構成される。p型クラッド層24は、p型AlGaN系半導体で構成される。p型コンタクト層25は、p型AlGaN系半導体またはp型GaN系半導体で構成される。p型コンタクト層25は、典型的にはGaNで構成される。尚、活性層22、電子ブロック層23、p型クラッド層24、及び、p型コンタクト層25等の各層の膜厚は、発光素子1の発光波長特性及び電気的特性に応じて適宜決定される。また、p型クラッド層24は、p型層の寄生抵抗を低減するために省略しても構わない。
p電極26は、例えばNi/Au等の多層金属膜で構成され、p型コンタクト層25の上面に形成される。n電極27は、例えばTi/Al/Ti/Au等の多層金属膜で構成され、n型クラッド層21の第2領域R2内の露出面上の一部の領域に形成される。尚、p電極26及びn電極27は、上述の多層金属膜に限定されるものではなく、各電極を構成する金属、積層数、積層順などの電極構造は適宜変更してもよい。図8に、p電極26とn電極27の発光素子1の上側から見た形状の一例を示す。図8において、p電極26とn電極27の間に存在する線BLは、第1領域R1と第2領域R2の境界線を示しており、活性層22、電子ブロック層23、p型クラッド層24、及び、p型コンタクト層25の外周側壁面と一致する。
本実施形態では、図8に示すように、第1領域R1及びp電極26の平面視形状は、一例として、櫛形形状のものを採用しているが、第1領域R1及びp電極26の平面視形状及び配置等は、図8の例示に限定されるものではない。
p電極26とn電極27間に順方向バイアスを印加すると、p電極26から活性層22に向けて正孔が供給され、n電極27から活性層22に向けて電子が供給され、供給された正孔及び電子の夫々が活性層22に到達して再結合することで発光する。また、これにより、p電極26とn電極27間に順方向電流が流れる。
n型クラッド層21の第1Ga富化領域21aは、図4中において、1つの層が2重線で模式的に示されているように、複数層が上下方向に離間して存在する。また、上下方向に平行な1つの第1平面(例えば、図4に示されている断面)で、第1Ga富化領域21aの少なくとも一部の延伸方向が横方向(第1平面と第2平面との交線の延伸方向)に対して傾斜している。尚、図4に示す第1平面上では、第1Ga富化領域21aの各層は、模式的に平行な線(2重線)で図示されているが、該延伸方向と横方向の成す傾斜角は、各第1Ga富化領域21a間で、必ずしも同じではなく、同じ第1Ga富化領域21a内でも位置によって変化し得るため、第1平面上の第1Ga富化領域21aは必ずしも直線状に延伸しているとは限らない。また、該傾斜角は、第1平面の向きによっても変化する。従って、第1Ga富化領域21aの一部が、第1平面上において、他の第1Ga富化領域21aと交差、または、他の第1Ga富化領域21aから分岐することもあり得る。第1Ga富化領域21aの延伸方向と横方向の成す傾斜角が位置によって変化している点、及び、第1Ga富化領域21aがn型クラッド層21内で一様に分散して存在している点は、図9に示すHAADF-STEM像に明確に示されている。
また、第1Ga富化領域21aは、図4中の第1平面上では、夫々、1本の線(2重線)で示されているが、該第1平面に垂直な方向にも、第2平面に平行または傾斜して延伸しており、2次元的な広がりを有している。従って、複数の第1Ga富化領域21aは、n型クラッド層21内の複数の第2平面上では、縞状に存在する。
第1Ga富化領域21aは、上述のように、n型クラッド層21内において局所的にAlNモル分率の低い層状領域である。つまり、第1Ga富化領域21aのAlNモル分率が、n型本体領域21bのAlNモル分率に対して相対的に低くなっている。また、第1Ga富化領域21aとn型本体領域21bの境界近傍において、両領域のAlNモル分率が漸近的に連続している場合、両領域間の境界は明確に規定できない。
従って、斯かる場合には、n型クラッド層21全体の平均的なAlNモル分率、例えば、後述するn型クラッド層21の成長条件(有機金属化合物気相成長法で使用する原料ガスやキャリアガスの供給量及び流速)の前提となるAlNモル分率を基準として、AlNモル分率が当該基準値より低い部分を、相対的に第1Ga富化領域21aとして規定することができる。更に、上記規定方法以外にも、例えば、後述するHAADF-STEM像に基いて、明度変化の大きい部分を、両層の境界と規定することもできる。但し、本願発明において、両層の境界の定義自体は重要ではなく、第1Ga富化領域21aの存在自体を把握できれば十分である。
実際、第1Ga富化領域21aは、n型本体領域21bからのGaの質量移動に伴い形成されるものであるので、n型本体領域21bからのGaの供給量に応じて、第1Ga富化領域21a内の平均的なAlNモル分率は変化し、第1Ga富化領域21a内においてもAlNモル分率は必ずしも一様ではない。しかし、本実施形態では、第1Ga富化領域21a内に、準安定n型領域が安定的に形成されるため、上記Gaの供給量に少々の変動があっても、当該変動が準安定n型領域によって吸収され、第1Ga富化領域21a内のAlNモル分率の変動は抑制される。このため、個々の第1Ga富化領域21a内のAlNモル分率の極小値は、準安定n型領域のAlNモル分率である66.7%またはその近傍値となる。但し、上述したように、第1Ga富化領域21a内には、準安定n型領域とともに、準安定近傍n型領域も存在し、準安定近傍n型領域もn型本体領域21bからのGaの質量移動に伴い形成されるため、通常、準安定近傍n型領域のAlNモル分率は、準安定n型領域のAlNモル分率より高くなり、第1Ga富化領域21a内の平均的なAlNモル分率は、準安定n型領域のAlNモル分率より僅かに高くなる。
一方、n型本体領域21bは、第1Ga富化領域21aに対してGaを供給することで、n型本体領域21b内のGaが質量移動した後の箇所は相対的にAlNモル分率が高くなる。更に、n型本体領域21b内において、第1Ga富化領域21aの形成に至らない程度のGaの質量移動も発生し得るため、n型本体領域21b内においても、AlNモル分率はある程度変動する。しかし、上述したように、n型クラッド層21内のキャリアは、n型本体領域21bよりバンドギャップエネルギの小さい第1Ga富化領域21a内に局在化し、n型クラッド層21内において電流は優先的に第1Ga富化領域21aを安定的に流れるため、n型本体領域21b内のAlNモル分率が少々変動しても、発光素子1の特性変動は、第1Ga富化領域21aによって抑制される。
ここで、上述の第1Ga富化領域21aについての説明は、第2Ga富化領域220aについても、そのまま妥当する。つまり、本実施形態では、第2Ga富化領域220a内に、準安定井戸領域が安定的に形成されるため、上記Gaの供給量に少々の変動があっても、当該変動が準安定井戸領域によって吸収され、第2Ga富化領域220aの平均的なAlNモル分率は、準安定井戸領域のAlNモル分率である50%或いはその近傍値、または、41.7%或いはその近傍値となる。但し、上述したように、第2Ga富化領域220a内には、準安定井戸領域とともに、準安定近傍井戸領域も存在し、準安定近傍井戸領域も井戸本体領域220bからのGaの質量移動に伴い形成されるため、通常、準安定近傍井戸領域のAlNモル分率は、準安定井戸領域のAlNモル分率より高くなり、第2Ga富化領域220a内の平均的なAlNモル分率は、準安定井戸領域のAlNモル分率より僅かに高くなる。
一方、井戸本体領域220bは、第2Ga富化領域220aに対してGaを供給することで、井戸本体領域220b内のGaが質量移動した後の箇所は相対的にAlNモル分率が高くなる。更に、井戸本体領域220b内において、第2Ga富化領域220aの形成に至らない程度のGaの質量移動も発生し得るため、井戸本体領域220b内においても、AlNモル分率はある程度変動する。しかし、上述したように、井戸層220内のキャリアは、井戸本体領域220bよりバンドギャップエネルギの小さい第2Ga富化領域220a内に局在化し、井戸層220内において電流は優先的に第2Ga富化領域220aを安定的に流れるため、井戸本体領域220b内のAlNモル分率が少々変動しても、発光素子1の特性変動は、第2Ga富化領域220aによって抑制される。
<発光素子の製造方法>
次に、図4に例示した発光素子1の製造方法の一例について説明する。
先ず、有機金属化合物気相成長(MOVPE)法により、下地部10に含まれるAlN層12及び発光素子構造部20に含まれる窒化物半導体層21~25を、サファイア基板11上に順番にエピタキシャル成長させて積層する。このとき、n型クラッド層21にはドナー不純物として例えばSiをドーピングし、電子ブロック層23、p型クラッド層24、及び、p型コンタクト層25にはアクセプタ不純物として例えばMgをドーピングする。
本実施形態では、少なくともAlN層12、n型クラッド層21、及び、活性層22(井戸層220、バリア層221)の各表面に(0001)面に平行な多段状のテラスを表出させるために、サファイア基板11は、主面11aが(0001)面に対して一定の範囲内(例えば、0度から6度程度まで)の角度(オフ角)で傾斜し、主面11a上に多段状のテラスが表出している微傾斜基板を使用する。
斯かるエピタキシャル成長の条件として、上述の微傾斜基板の(0001)サファイア基板11の使用に加えて、例えば、多段状のテラスが表出し易い成長速度(具体的に例えば、成長温度、原料ガスやキャリアガスの供給量や流速等の諸条件を適宜設定することで、当該成長速度を達成する)等が挙げられる。尚、これらの諸条件は、成膜装置の種類や構造によって異なり得るため、成膜装置において実際に幾つかの試料を作製して、これらの条件を特定すればよい。
n型クラッド層21の成長条件として、成長開始直後に、AlN層12の上面に形成された多段状のテラス間の段差部(境界領域)にGaの質量移動によって第1Ga富化領域21aの成長開始点が形成され、引き続き、n型クラッド層21のエピタキシャル成長に伴い、第1Ga富化領域21aが、Gaの質量移動に伴う偏析によって斜め上方に向かって成長できるように、成長温度、成長圧力、及び、ドナー不純物濃度が選択される。
具体的には、成長温度としては、Gaの質量移動の生じ易い1050℃以上で、良好なn型AlGaNが調製可能な1150℃以下が好ましい。また、成長温度が1170℃を超えると、Gaの質量移動が過剰となり、第1の準安定AlGaNといえども、AlNモル分率がランダムに変動し易くなるため、AlNモル分率が66.7%の準安定AlGaNが安定的に形成し辛くなるため、好ましくない。成長圧力としては、75Torr以下が良好なAlGaNの成長条件として好ましく、成膜装置の制御限界として10Torr以上が現実的であり好ましい。ドナー不純物濃度は、1×1018~5×1018cm-3程度が好ましい。尚、上記成長温度及び成長圧力等は、一例であって、使用する成膜装置に応じて適宜最適な条件を特定すればよい。
有機金属化合物気相成長法で使用する原料ガス(トリメチルアルミニウム(TMA)ガス、トリメチルガリウム(TMG)ガス、アンモニアガス)やキャリアガスの供給量及び流速は、n型クラッド層21全体の平均的なAlNモル分率Xaを目標値として設定される。ここで、n型本体領域21bの平均的なAlNモル分率をXb(=69%~74%)とし、AlNモル分率が66.7%の準安定n型領域とAlNモル分率が66.7%より僅かに高い準安定近傍n型領域の存在する第1Ga富化領域21aの平均的なAlNモル分率をXc(>66.7%)とし、n型本体領域21bから第1Ga富化領域21aへのGaの質量移動を考慮すると、Xb>Xa>Xcとなるが、n型クラッド層21全体に占める第1Ga富化領域21aの体積比率が小さいため、近似的にXa=Xbとして設定することができる。
第1Ga富化領域21a内には、AlNモル分率が66.7%の準安定n型領域が安定的に存在しており、n型クラッド層21のAlNモル分率の目標値Xaが69%~74%であるので、準安定n型領域のAlNモル分率66.7%とn型本体領域21bの平均的なAlNモル分率Xbとの差(Xb-66.7%)は安定的に約2.3%以上が確保され、n型層内のキャリアは、n型本体領域21bよりバンドギャップエネルギの小さい第1Ga富化領域21a内に局在化する。更に、目標値Xaの上限が74%であるので、n型本体領域21b内において、AlGaN組成比がAl3Ga1N4の準安定AlGaNが支配的に形成されることはない。仮に、目標値Xaの上限が75%以上であると、n型本体領域21b内にAl3Ga1N4の準安定AlGaNが安定的に形成され、当該Al3Ga1N4の準安定AlGaNから、第1Ga富化領域内に、Al2Ga1N3の準安定AlGaN(準安定n型領域)を安定的に形成するためのGaを十分に供給することが困難となる。従って、目標値Xaの上限を74%に設定することで、第1Ga富化領域21aにAlNモル分率が66.7%の準安定n型領域を安定的に形成することが可能となる。
尚、ドナー不純物濃度は、n型クラッド層21の膜厚に対して、必ずしも上下方向に均一に制御する必要はない。例えば、n型クラッド層21内の所定の薄い膜厚部分の不純物濃度が、上記設定濃度より低く、例えば、1×1018cm-3未満、更に好ましくは、1×1017cm-3以下に制御された低不純物濃度層であってもよい。当該低不純物濃度層の膜厚としては、0nmより大きく200nm以下程度が好ましく、10nm以上100nm以下程度がより好ましく、更に、20nm以上50nm以下程度がより好ましい。また、当該低不純物濃度層のドナー不純物濃度は、上記設定濃度より低ければよく、アンドープ層(0cm-3)が一部に含まれていてもよい。更に、該低不純物濃度層の一部または全部は、n型クラッド層21の上面から下方側に100nm以内の深さの上層域に存在することが好ましい。
上記要領で、第1Ga富化領域21aとn型本体領域21bを有するn型クラッド層21が形成されると、n型クラッド層21の上面の全面に、引き続き、有機金属化合物気相成長(MOVPE)法等の周知のエピタキシャル成長法により、活性層22(井戸層220、バリア層221)、電子ブロック層23、p型クラッド層24、及び、p型コンタクト層25等を形成する。
活性層22の形成において、n型クラッド層21と同様の要領で、上述した多段状のテラスが表出し易い成長条件で、井戸本体領域220bに対して設定されたAlNモル分率(51%~54%または42%~45%)を目標値として井戸層220を成長させ、更に、バリア本体領域221bに対して設定されたAlNモル分率(68%~90%または100%)を目標値として、バリア層221を成長させる。
次に、反応性イオンエッチング等の周知のエッチング法により、上記要領で積層した窒化物半導体層21~25の第2領域R2を、n型クラッド層21の上面が露出するまで選択的にエッチングして、n型クラッド層21の上面の第2領域R2部分を露出させる。そして、電子ビーム蒸着法などの周知の成膜法により、エッチングされていない第1領域R1内のp型コンタクト層25上にp電極26を形成するとともに、エッチングされた第2領域R2内のn型クラッド層21上にn電極27を形成する。尚、p電極26及びn電極27の一方または両方の形成後に、RTA(瞬間熱アニール)等の周知の熱処理方法により熱処理を行ってもよい。
尚、発光素子1は、一例として、サブマウント等の基台にフリップチップ実装された後、シリコーン樹脂や非晶質フッ素樹脂等の所定の樹脂(例えば、レンズ形状の樹脂)によって封止された状態で使用され得る。
<n型クラッド層の断面観察及び組成分析結果>
次に、n型クラッド層21の断面観察用の試料を作製し、該試料からn型クラッド層21の上面に垂直(または略垂直)な断面を有する試料片を収束イオンビーム(FIB)で加工し、該試料片を走査型透過電子顕微鏡(STEM)で観察した結果を、図面を参照して説明する。
該試料は、上述したn型クラッド層21等の作製要領に従って、上述のサファイア基板11とAlN層12からなる下地部10上に、n型クラッド層21と、活性層22と、n型クラッド層21より高AlNモル分率のAlGaN層と、試料表面保護用のAlGaN層と、保護用樹脂膜を順番に堆積して作製した。尚、該試料の作製においては、主面が(0001)面に対してオフ角を有するサファイア基板11を用いてAlN層12の表面に多段状のテラスが表出した下地部10を使用した。尚、該試料の作製において、n型クラッド層21の膜厚は2μmとし、n型クラッド層21のAlNモル分率の目標値を70%とした。更に、ドナー不純物濃度が約3×1018cm-3となるように、ドナー不純物(Si)の注入量を制御した。また、該試料は、井戸層220の第2Ga富化領域220aのAlNモル分率が41.7%となるように作製したが、n型クラッド層に対する組成分析結果は、第2Ga富化領域220aのAlNモル分率が41.7%以外に対してもそのまま妥当する。
図9に、上記試料片の断面の高角散乱環状暗視野(HAADF)-STEM像を示す。図9は、該試料片のAlN層12の上層部、n型クラッド層21、及び、活性層22を含むn型クラッド層21の全体を観察するHAADF-STEM像である。
HAADF-STEM像は、原子量に比例したコントラストが得られ、重い元素は明るく表示される。よって、n型クラッド層21内の第1Ga富化領域21aとn型本体領域21bは、AlNモル分率の低い第1Ga富化領域21aの方が、n型本体領域21bより明るく表示される。HAADF-STEM像は、通常のSTEM像(明視野像)よりAlNモル分率の差の観察には適している。
図9より、n型クラッド層21内に、局所的にAlNモル分率の低い層状領域である複数の第1Ga富化領域21aが上下方向に分散して存在し、第1Ga富化領域21aのそれぞれが、HAADF-STEM像の画面(試料片の断面、第1平面に相当)上において、n型クラッド層21の上面と該第1平面との交線に対して傾斜した方向に延伸していることが分かる。第1Ga富化領域21aのそれぞれは、線状に斜め上方に向けて延伸しているが、必ずしも直線状に延伸しておらず、上記交線に対する傾斜角は、同じ第1Ga富化領域21a内でも位置によって変化していることが分かる。また、図9に示す断面(第1平面に相当)において、第1Ga富化領域21aの一部が、他の第1Ga富化領域21aと交差、または、他の第1Ga富化領域21aから分岐していることも観察される。
本実施形態では、上記試料片のn型クラッド層21内の組成分析を2種類の分析方法(エネルギ分散型X線分光法(断面TEM-EDX)のライン分析とCL(カソードルミネッセンス)法)で行った。
EDX法による組成分析(EDX測定)では、先ず、図9に示すHAADF-STEM像のほぼ全域をカバーする全体測定領域において、電子線プローブ(直径:約2nm)を縦方向(上下方向)及び横方向(第2平面に平行な方向)に走査して、512×512のマトリクス状に、縦方向及び横方向に約4nm間隔で分布した各プローブ箇所における検出データ(Al及びGaの各組成に対応するX線強度)を取得した。
次に、全体測定領域に分散して存在する第1Ga富化領域21aに対して、EDX測定によるライン分析を行うために、図10に示すように、全体測定領域内に概ね正方形状(約420nm×約420nm)の6箇所の測定領域A~Fを設定した。図10は、図9のHAADF-STEM像に、各測定領域A~Fを示す矩形枠を重ねて示している。6箇所の各測定領域は、HAADF-STEM像上で確認された少なくとも1本の第1Ga富化領域21aが横断するように設定されてる。また、各測定領域の傾きは、測定領域内の少なくとも1本の第1Ga富化領域21aの延伸方向が、ライン分析の走査方向と直交するように、測定領域毎に設定されている。測定領域A~Fの各傾き(全体測定領域の縦方向と各測定領域の縦方向の成す角度)は、約20°でほぼ等しいが、厳密には必ずしも同じではない。ここで、全体測定領域の縦方向及び横方向とは別に、図10の各測定領域A~F内において、説明の便宜上、ライン分析の走査方向を縦方向とし、走査方向と直交する方向を横方向とする。各測定領域内に示されている中央の縦線は走査方向を示し、同中央の横線は、上記少なくとも1本の第1Ga富化領域21aが存在していると想定される場所を示し、後述する組成分析結果におけるライン分析の走査位置の原点(0nm)となっている。尚、走査方向を示す縦線には矢印が付されており、AlN層12の方向を指している。尚、走査位置は、中央の縦線上に、上記原点を挟んで上下方向に、約5nm間隔で、測定領域A~F別に、合計が65~72点の範囲内で設定されている。
EDX測定では、照射する電子線プローブの直径が約2nmと小さいため、空間分解能は高いが、各プローブ箇所から放射されるX線が微弱であるため、本実施形態のライン分析では、各走査位置において横方向に整列した複数のプローブ箇所から得られる検出データを累積して、各走査位置での検出データとしている。尚、「横方向に整列」するとは、電子線プローブの照射範囲が、各走査位置において上記縦線と交差し横方向に延伸する横線と重なっていることを意味する。
従って、或る走査位置において、横方向に整列した複数のプローブ箇所の全てが、第1Ga富化領域21aの準安定n型領域内に位置している場合は、累積された検出データは、準安定n型領域のAlNモル分率を精度良く示すことになる。同様に、或る走査位置において、横方向に整列した複数のプローブ箇所の全てが、n型本体領域21b内に位置している場合は、累積された検出データは、n型本体領域21bのAlNモル分率を精度良く示すことになる。
しかし、或る走査位置において、第1Ga富化領域21aの準安定n型領域の延伸方向が、ライン分析の走査方向と正確に直交していない場合、または、第1Ga富化領域21aの準安定n型領域の延伸方向が屈曲等して、直線状でない場合等、横方向に整列した複数のプローブ箇所の一部、または、各プローブ箇所のプローブ範囲(直径約2nm)の一部が、準安定n型領域以外の準安定近傍n型領域内またはn型本体領域21b内に位置している場合は、累積された検出データは、複数のプローブ箇所の平均的なAlNモル分率を示すことになり、準安定n型領域のAlNモル分率より高い値を示す。
同様に、或る走査位置において、横方向に整列した複数のプローブ箇所の大半がn型本体領域21b内に位置しているとしても、複数のプローブ箇所の一部、または、各プローブ箇所のプローブ範囲(直径約2nm)の一部が、n型本体領域21b内のGaの質量移動によって生じたAlNモル分率が局所的に低いまたは高い領域、または、n型本体領域21b以外のAlNモル分率が局所的に低い領域(第1Ga富化領域21a以外の層状領域、第1Ga富化領域21a内の準安定n型領域または準安定近傍n型領域)内に位置している場合は、累積された検出データは、複数のプローブ箇所の平均的なAlNモル分率を示すことになり、n型本体領域21bの平均的なAlNモル分率(≒n型クラッド層21のAlNモル分率の目標値)より低いまたは高い値を示す。
図11A~図11Fに、EDX測定のライン分析により、図10に示す6箇所の測定領域A~Fにおけるn型クラッド層21内の組成分析を行った結果を示す。図11A~図11Fに示す各測定領域A~Fの組成分析結果のグラフは、横軸が、各測定領域の中央の縦線に沿った走査位置を示し、縦軸が、AlNモル分率とGaNモル分率の測定結果を示している。横軸の走査位置の0nmは、各測定領域内に示されている中央の横線の位置(少なくとも1本の第1Ga富化領域21aが存在していると想定される場所)を示している。走査位置は、原点(0nm)より下側(AlN層12側)が正値で、上側(活性層22側)が負値で、それぞれ示されている。
EDX測定では、上述したように、プローブ箇所から放射されるX線が微弱であるため、各走査位置において横方向にプローブ箇所の検出データ(各組成のX線強度)を累積しても、一般的に測定誤差は大きい。例えば、AlNモル分率が予め確定しているAlN層12のAlNモル分率(100%)を基準に較正を行った場合、各走査位置の検出データの測定誤差は、基準となるAlN層12近傍でも±2~3%程度はあり、更に、AlN層12から遠ざかるに従い、測定精度は更に低下する。このため、本実施形態では、AlN層12から離間した領域においても各走査位置における測定誤差を±2~3%程度に抑制するために、EDX測定に使用した試料片と同じ試料を用いて、ラザフォード後方散乱(RBS)分析法によるn型クラッド層21内のAlとGaの組成分析を行い、当該RBS分析結果を用いて、EDX測定で得られた結果を較正した。図11A~図11Fに示す測定領域A~FのAlNモル分率とGaNモル分率は、当該較正した結果を示している。
図11Aより、測定領域Aにおいては、走査位置が約-73nm~約-52nmの領域A1と走査位置が約-36nm~約62nmの領域A2に、第1Ga富化領域21aの存在が確認できる。領域A1内の5点の走査位置でのAlNモル分率は、66.1%~68.4%(66.7%±2%内は4点、66.7%±1%内は3点)である。領域A2内の20点の走査位置でのAlNモル分率は、66.3%~68.7%(66.7%±1%内は16点)である。尚、測定領域Aの左上隅の一部がn型クラッド層21より高AlNモル分率のAlGaN層を含むn型クラッド層21の上層部分に重なっているため、約-177nm以下の走査位置では、AlNモル分率が75%を超えて増加している。
図11Bより、測定領域Bにおいては、走査位置の約-5nm~約5nmの領域B1と走査位置が約71nm~約82nmの領域B2と走査位置が約120nm~約137nmの領域B3に、第1Ga富化領域21aの存在が確認できる。領域B1内の3点の走査位置でのAlNモル分率は、67.0%~67.7%である。領域B2内の3点の走査位置でのAlNモル分率は、68.4%~68.7%である。領域B3内の4点の走査位置でのAlNモル分率は、66.6%~67.7%である。
図11Cより、測定領域Cにおいては、走査位置の約-189nm~約-167nmの領域C1と走査位置が約-11nm~約11nmの領域C2と走査位置が約156nm~約167nmの領域C3に、第1Ga富化領域21aの存在が確認できる。領域C1内の5点の走査位置でのAlNモル分率は、65.9%~68.6%(66.7%±1%内は3点)である。領域C2内の5点の走査位置でのAlNモル分率は、66.1%~68.0%(66.7%±1%内は4点)である。領域C3内の3点の走査位置でのAlNモル分率は、66.0%~68.6%(66.7%±1%内は2点)である。
図11Dより、測定領域Dにおいては、走査位置の約-184nm~約-163nmの領域D1と走査位置が約-115nm~約-100nmの領域D2と走査位置が約-5nm~約5nmの領域D3に、第1Ga富化領域21aの存在が確認できる。領域D1内の5点の走査位置でのAlNモル分率は、67.0%~68.6%(66.7%±1%内は3点)である。領域D2内の4点の走査位置でのAlNモル分率は、66.4%~68.9%(66.7%±1%内は3点)である。領域D3内の3点の走査位置でのAlNモル分率は、67.4%~68.4%(66.7%±1%内は1点)である。
図11Eより、測定領域Eにおいては、走査位置の約-26nm~約21nmの領域E1と、走査位置の約154nm~約159nmの領域E2に、第1Ga富化領域21aの存在が確認できる。領域E1内の10点の走査位置でのAlNモル分率は、65.9%~68.8%(66.7%±1%内は8点)である。領域E2内の2点の走査位置でのAlNモル分率は、67.9%~68.0%である。尚、測定領域Eの右下隅の一部がAlN層12に重なっているため、約190nm以上の走査位置では、AlNモル分率が75%を超えて増加している。
図11Fより、測定領域Fにおいては、走査位置の約-5nm~約10nmの領域F1に、第1Ga富化領域21aの存在が確認できる。領域F1内の4点の走査位置でのAlNモル分率は、67.1%~68.9%(66.7%±1%内は2点)である。尚、測定領域Fの右下隅の一部がAlN層12に重なっているため、約160nm以上の走査位置では、AlNモル分率が75%を超えて増加している。
以上より、上述した各走査位置における±2~3%程度の測定誤差、及び、第1Ga富化領域21aに関して横方向に整列した複数のプローブ箇所の平均的なAlNモル分率が準安定n型領域のAlNモル分率より高い値を示す可能性を考慮すると、測定領域A~Fの各領域A1、A2、B1~B3、C1~C3、D1~D3、E1、E2、F1の第1Ga富化領域21a内において、AlNモル分率66.7%の準安定n型領域の存在が確認できる。更に、第1Ga富化領域21aは、n型クラッド層21の上面に近い上方部分の測定領域A及びB、中央部分の測定領域C及びD、AlN層12に近い下方部分の測定領域E及びFのそれぞれに存在し、n型クラッド層21内において一様に分散して存在していることが分かる。
更に、図11A~図11Fより、測定領域A~Fの各領域A1、A2、B1~B3、C1~C3、D1~D3、E1、E2、F1に隣接するn型本体領域21b内のAlNモル分率の大半が約70%~約74%の範囲内にあることが確認できる。上述したように、EDX測定に使用した試料のn型クラッド層21のAlNモル分率の目標値は70%であるので、各走査位置における±2~3%程度の測定誤差、及び、n型本体領域21bに関して横方向に整列した複数のプローブ箇所の平均的なAlNモル分率がn型本体領域21bの平均的なAlNモル分率より高いまたは低い値を示す可能性を考慮すると、図11A~図11Fがn型本体領域21bのAlNモル分率を精度良く表していることが分かる。
次に、n型クラッド層21内の第1Ga富化領域21aとn型本体領域21bのAlNモル分率の測定をCL(カソードルミネッセンス)法で行った結果を説明する。測定に使用した試料片は、図9に示すHAADF-STEM像の観察に使用した試料片と同様に作成した。
図12は、上記試料片のn型クラッド層21内の断面を示す走査型電子顕微鏡(SEM)像である。該断面内の点線で囲まれた測定領域(a~f)は、それぞれ測定用に照射した電子ビームの入射した領域を示す。測定領域a及びbは、AlN層12の上面から約1600nmの距離に位置し、測定領域c及びdは、AlN層12の上面から約1000nmの距離に位置し、測定領域e及びfは、AlN層12の上面から約300nmの距離に位置している。各測定領域内において、ビーム径50nm(直径)の電子ビームを横方向に移動し、50nm間隔で各1回、合計10回照射して、各照射でのCLスペクトルを測定した。
図13は、各測定領域(a~f)での10個のCLスペクトルの内、波長分布が短波長寄りの2つのCLスペクトルを平均した第1のCLスペクトルと、波長分布が長波長寄りの2つのCLスペクトルを平均した第2のCLスペクトルを、測定領域(a~f)別に表示したものである。
各測定領域(a~f)内の10個の電子ビーム中心の両端間の離間距離は450nmであるので、10個の照射領域内には、第1Ga富化領域21aとn型本体領域21bの両方が存在している。n型クラッド層21全体に占める第1Ga富化領域21aの体積比率が小さいため、第1のCLスペクトルは、主として、n型本体領域21bのCLスペクトルを示している。一方、第2のCLスペクトルには、第1Ga富化領域21aのCLスペクトルが含まれているが、第1Ga富化領域21aの延伸方向に垂直な断面での幅が、平均的に約20nm程度であるので、ビーム径50nmの照射範囲内には、n型本体領域21bが部分的に含まれ得る。よって、第2のCLスペクトルは、第1Ga富化領域21aのCLスペクトルとn型本体領域21bのCLスペクトルの合成スペクトルとなっている。しかし、仮に、波長分布が長波長寄りの2つのCLスペクトルの各電子ビームの中心が、第1Ga富化領域21aの幅方向の中央に位置している場合は、照射範囲内の中央部分の電子ビームは、エネルギレベルの低い第1Ga富化領域21aに集まって第1Ga富化領域21aを専ら励起する可能性が高く、第2のCLスペクトルは、主として、第1Ga富化領域21aのCLスペクトルを示すものと考えられる。
ここで、第1のCLスペクトルを、波長分布が短波長寄りの2つのCLスペクトルの平均とし、第2のCLスペクトルを、波長分布が長波長寄りの2つのCLスペクトルの平均とした理由は、各測定領域での電子ビームの照射位置はランダムに設定しているため、最も短波長寄りと長波長寄りの各1つのCLスペクトルの照射範囲が、測定領域毎に異なるため、測定結果が測定領域毎に大きくばらつくこと、また、最も短波長寄りと長波長寄りの各1つのCLスペクトルを選別するのが困難な場合があり得ること等を考慮して、測定領域毎のバラツキを抑制するため、波長分布が短波長寄りと長波長寄りの各2つのCLスペクトルを機械的に選択して平均を取ることとした。
先ず、各測定領域(a~f)の第1のCLスペクトルについて検討する。測定領域aでは、発光波長の台地状のピーク領域が、約247nm~約255nmの範囲に広がっている。測定領域bでは、発光波長の緩やかなピークが約252nm付近に存在し、当該ピーク波長の両側の約247nmと約254nm付近に起伏の存在が認められる。測定領域cでは、発光波長の緩やかなピークが約245nm~248nm付近に存在している。測定領域dでは、発光波長の緩やかなピークが約247nm付近に存在している。測定領域eでは、発光波長のピークが約248nm付近に存在している。測定領域fでは、発光波長のピークが約244nm付近に存在し、発光波長の台地状のピーク領域が、約242nm~245nmの範囲に広がっている。
測定領域a~eの約247nm~約248nmのピーク波長及び起伏は、AlNモル分率に換算すると、約69%~約70%に相当し、AlNモル分率に換算した約±3%程度の測定誤差を考慮すると、上記第1のCLスペクトルのCL波長とn型本体領域21bの平均的なAlNモル分率Xb(≒目標値70%)と概ね一致している。
また、測定領域a~eの第1のCLスペクトルでは、約247nm~約248nm以上の長波長成分は、当該波長未満の短波長成分より多くなっており、各測定領域(a~e)の第1のCLスペクトルに対応する2つの照射範囲内において、Gaの質量移動が生じていることが分かる。更に、測定領域a及びbの第1のCLスペクトルの約252nm~約255nmのピーク波長は、AlNモル分率に換算すると、約65%~約67%に相当し、第1Ga富化領域21a内に存在するAlNモル分率が66.7%の準安定n型領域からのCL波長(約253nm)と重複しており、測定領域a及びbの第1のCLスペクトルに対応する2つの照射範囲内の一部に、Gaの質量移動によって形成される第1Ga富化領域21aが含まれていることが分かる。
測定領域fの約244nm付近のピーク波長は、AlNモル分率に換算すると約72%に相当し、n型本体領域21bの平均的なAlNモル分率Xb(≒目標値70%)より2%程度高いが、AlNモル分率に換算した約±3%程度の測定誤差を考慮すると、n型本体領域21b内で想定されるAlNモル分率の変動範囲内に概ね収まっている。
次に、各測定領域(a~f)の第2のCLスペクトルについて検討する。測定領域aでは、発光波長のピークが約252nm付近に存在している。測定領域bでは、発光波長のピークが約253nm付近に存在している。測定領域cでは、発光波長の緩やかなピークが約251nm~252nm付近に存在している。測定領域dでは、発光波長のピークが約252nm付近に存在している。測定領域eでは、発光波長の台地状のピーク領域が、約249nm~約252nmの範囲に広がっている。測定領域fでは、発光波長の緩やかなピークが約247nm~249nm付近に存在し、当該ピーク波長の両側の約244nmと約252nm付近に起伏の存在が認められる。
測定領域a~eの約252nm~約253nmのピーク波長は、AlNモル分率に換算すると、約66.7%~約67%に相当し、AlNモル分率に換算した約±3%程度の測定誤差を考慮すると、第1Ga富化領域21a内に存在するAlNモル分率が66.7%の準安定n型領域に対応するCL波長(約253nm)と一致している。また、測定領域eの台地状のピーク領域の約249nmの波長は、AlNモル分率に換算すると、約69%に相当し、AlNモル分率に換算した約±3%程度の測定誤差を考慮すると、n型本体領域21bの平均的なAlNモル分率Xb(≒目標値70%)と一致している。測定領域fの約247nm~249nm付近のピーク波長は、n型本体領域21bの平均的なAlNモル分率Xb(≒目標値70%)のCL波長(約248nm)を含んでおり、約252nm付近に起伏は、準安定n型領域に対応するCL波長(約253nm)と概ね一致している。
図13及び上述の説明より、測定領域a~fの各第2のCLスペクトルは、第1Ga富化領域21a内の準安定n型領域と当該準安定n型領域より僅かにAlNモル分率の高い準安定近傍n型領域の各CLスペクトルと、n型本体領域21bのCLスペクトルの合成スペクトルとして現れていることが分かる。測定領域a~dでは、当該合成スペクトルに占めるn型本体領域21bのCLスペクトルの割合は小さい。一方、測定領域eでは、当該合成スペクトルに占めるn型本体領域21bのCLスペクトルの割合は、測定領域a~dより大きく、準安定n型領域のCLスペクトルの割合と匹敵する程度であり、更に、測定領域fでは、測定領域eより大きくなっている。
以上、図13に示す各測定領域a~fにおける第1のCLスペクトルより、n型本体領域21bのAlNモル分率は、n型クラッド層21のAlNモル分率の目標値70%とほぼ一致していることが分かる。更に、各測定領域a~fにおける第2のCLスペクトルより、第1Ga富化領域21aには、AlNモル分率が66.7%の準安定n型領域が含まれていると同時に、準安定n型領域よりAlNモル分率の高い準安定近傍n型領域が存在していることが分かる。また、図13に示す各測定領域a~fにおける第1及び第2のCLスペクトルに示される分析結果は、分析法の違いによる空間分解能等に差があるものの、図11A~図11Fに示されるEDX測定による分析結果と良く符合している。
尚、図13に示す各測定領域a~fにおける第2のCLスペクトルからは、第1Ga富化領域21a内における準安定n型領域の存在比率が、n型クラッド層21内の位置に依存して変化する傾向が見受けられるが、不確定な部分も多いため詳細な検討は省略する。
ここで、仮に、n型クラッド層21内のAlN層12に近い領域で準安定n型領域の存在比率が小さくなっているとしても、本発明の効果を必ずしも低減するものではない。上述したように、n型クラッド層21内のキャリア(電子)が第1Ga富化領域21a内に局在化することで、n型クラッド層21内において電流は優先的に第1Ga富化領域を安定的に流れることができ、発光素子の特性変動の抑制が図れる。しかし、発光領域である活性層22は、n型クラッド層21の上側に位置するので、上記局在化の効果は、n型クラッド層21の活性層22と接する上面近傍において顕著となる。従って、n型クラッド層21内のAlN層12に近い領域で上記局在化が不十分であっても、発光素子の特性変動の抑制は同様に図ることができる。更に、図4に示す素子構造では、順方向電流は、n型クラッド層21内の下層側より上層側を多く流れるため、n型クラッド層21内のAlN層12に近い領域で上記局在化が不十分であることの影響は殆ど無いと考えられる。
尚、井戸層220に関しては、図11A~図11F及び図13に示すような、EDX法及びCL法による組成分析は行っていない。井戸層220は、膜厚が2ユニットセル~7ユニットセルと極めて薄いため、基本的にEDX法による組成分析は適していない。一方、井戸層220のCLスペクトルの測定で注目すべき点は、n型クラッド層21のCL法による組成分析と異なり、井戸層220に隣接するバリア層221、n型クラッド層21、及び、電子ブロック層のAlNモル分率が、井戸層220の傾斜領域BA(第2Ga富化領域220a)のAlNモル分率(50%または41.7%)より、約17%程度以上高いことである。このため、井戸層220の傾斜領域BAに向けて照射された電子ビームは、ビーム径が50nmと大きくてもビーム中央の高エネルギの電子は、エネルギ状態の低い井戸層220の傾斜領域BAに集中するため、井戸層220の傾斜領域BAの発光波長をCL法を用いて計測できる。
[第2実施形態]
上記第1実施形態では、バリア層221が、AlNモル分率が100%でないAlGaN系半導体で構成される場合において、一例として、バリア層221の第3Ga富化領域221aを含む全体のAlNモル分率を66.7%~90%の範囲内とし、バリア本体領域221bのAlNモル分率を68%~90%の範囲内とし、第3Ga富化領域221aにおけるキャリアの局在化の効果を確保するために、第3Ga富化領域221aとバリア本体領域221bのAlNモル分率差を1%以上とすることを示した。
第2実施形態では、第1実施形態におけるn型クラッド層21の第1Ga富化領域21a及び井戸層220の第2Ga富化領域220aと同様に、バリア層221の第3Ga富化領域221aも、第1または第2の準安定AlGaNで構成するのが好ましい。ここで、バリア層221全体のAlNモル分率が66.7%~90%の範囲内であるので、第3Ga富化領域221aに適用可能な第1の準安定AlGaNは、AlGaN組成比が整数比のAl2Ga1N3、または、Al5Ga1N6となる。また、第2の準安定AlGaNのAl3Ga1N4も第3Ga富化領域221aに適用可能と考えられる。尚、第2の準安定AlGaNのAl11Ga1N12は、Alの組成比が高過ぎるため、移動し易いGaが対称配列となるサイトに入るまでに、量的に多いAlがランダムにサイトに入ることで、AlとGaの原子配列が対称配列とならない可能性が高くなり、AlとGaの原子配列はランダムな状態に近くなり、上述の安定度が低下するため、第3Ga富化領域221aには適用困難と考えられる。
ところで、図6及び図7に示した井戸層220の発光波長のシミュレーション結果では、バリア層221の第3Ga富化領域221aのAlNモル分率が、66.7%、75%、及び、83.3%の3通りである場合を想定したが、これらは、AlGaN組成比がAl2Ga1N3、Al3Ga1N4、及び、Al5Ga1N6の準安定AlGaNのAlNモル分率に該当する。
第3Ga富化領域221aを準安定AlGaNのAl2Ga1N3、Al3Ga1N4、または、Al5Ga1N6で構成する場合、バリア本体領域221bのAlNモル分率は、第3Ga富化領域221aの3通りのAlNモル分率に各別に対応して、68%~74%、76%~82%、または、85%~90%の各範囲内とするのが好ましい。ここで、第3Ga富化領域221aを準安定AlGaNのAl5Ga1N6で構成する場合において、安定度の低いAl11Ga1N12がランダムに混在するのを防止するために、バリア本体領域221bのAlNモル分率は90%を超えないように設定するのが好ましい。
バリア層221の第3Ga富化領域221a及びバリア本体領域221bの製造方法は、上述したように、n型クラッド層21と同様の要領で、バリア本体領域221bに対して設定されたAlNモル分率を目標値として、多段状のテラスが表出し易い成長条件で、バリア層221を成長させる。
第3Ga富化領域221a内に第1の準安定AlGaNであるAl2Ga1N3を成長させる場合、バリア層221のAlNモル分率の目標値Xdを68%~74%の範囲内に設定する。同様の要領で、第3Ga富化領域221a内に第2の準安定AlGaNであるAl3Ga1N4を成長させる場合は、バリア層221のAlNモル分率の目標値Xdを76%~82%の範囲内に設定し、第3Ga富化領域221a内に第1の準安定AlGaNであるAl5Ga1N6を成長させる場合は、バリア層221のAlNモル分率の目標値Xdを85%~90%の範囲内に設定する。
従って、バリア層221のAlNモル分率の目標値Xdは、第3Ga富化領域221a内に形成する準安定AlGaN(目標準安定AlGaN)のAlNモル分率より1%以上、当該目標準安定AlGaNよりAlNモル分率の大きい直近の準安定AlGaNのAlNモル分率未満の範囲内に設定されている。このため、n型クラッド層21の第1Ga富化領域21aと同様に、第3Ga富化領域221a内に目標準安定AlGaNを安定的に形成することができるとともに、第3Ga富化領域221aとバリア本体領域221bのAlNモル分率差として1%以上が確保され、バリア層221内のキャリアは、バリア本体領域221bよりバンドギャップエネルギの小さい第3Ga富化領域221aに局在化する。
第3Ga富化領域221aを安定度の高い準安定AlGaNで構成することにより、結晶成長装置のドリフト等に起因する混晶モル分率の変動が抑制され、バリア層221内においてキャリアの局在化が起こる第3Ga富化領域221aが、使用する準安定AlGaNに対応するAlNモル分率で安定的に形成される。この結果、n型クラッド層21内と同様に、バリア層221内においても、電流は優先的に第3Ga富化領域221aを安定的に流れることができ、更に、発光素子1の特性変動の抑制が図れる。
[別実施形態]
以下に、上記第1及び第2実施形態の変形例について説明する。
(1)上記第1及び第2実施形態では、活性層22は、AlGaN系半導体で構成される2層以上の井戸層220と、AlGaN系半導体またはAlN系半導体で構成される1層以上のバリア層221を交互に積層した多重量子井戸構造で構成されている場合を想定したが、活性層22は、井戸層220が1層だけの単一量子井戸構造であり、バリア層221(量子バリア層)を備えない構成としても良い。斯かる単一量子井戸構造に対しても、上記各実施形態で採用したn型クラッド層21による効果は同様に奏し得ることは明らかである。
(2)上記実施形態では、n型クラッド層21の成長条件の一例として、有機金属化合物気相成長法で使用する原料ガスやキャリアガスの供給量及び流速は、n型クラッド層21を構成するn型AlGaN層全体の平均的なAlNモル分率に応じて設定されると説明した。つまり、n型クラッド層21全体の平均的なAlNモル分率が、上下方向に一定値に設定されている場合は、上記原料ガス等の供給量及び流速は一定に制御される場合を想定した。しかし、上記原料ガス等の供給量及び流速は必ずしも一定に制御されなくてもよい。
(3)上記実施形態では、第1領域R1及びp電極26の平面視形状は、一例として、櫛形形状のものを採用したが、該平面視形状は、櫛形形状に限定されるものではない。また、第1領域R1が複数存在して、夫々が、1つの第2領域R2に囲まれている平面視形状であってもよい。
(4)上記実施形態では、主面が(0001)面に対してオフ角を有するサファイア基板11を用いてAlN層12の表面に多段状のテラスが表出した下地部10を使用する場合を例示したが、当該オフ角の大きさや、オフ角を設ける方向(具体的には、(0001)面を傾ける方向であり、例えばm軸方向やa軸方向等)は、AlN層12の表面に多段状のテラスが表出して、第1Ga富化領域21aの成長開始点が形成される限りにおいて、任意に決定してもよい。
(5)上記実施形態では、発光素子1として、図1に例示するように、サファイア基板11を含む下地部10を備える発光素子1を例示しているが、サファイア基板11(更には、下地部10に含まれる一部または全部の層)をリフトオフ等により除去してもよい。更に、下地部10を構成する基板は、サファイア基板に限定されるものではない。